No South of the Border

Aug 18 2008

 ちょっと話がそれるが、「書名」から「中身に関する情報」が失われはじめている、という現象は、ものごとの「市場化」ということと関係がある気がしている。

システムが「市場化」されることは社会にとって良いことだと論じられるが、必ずしもそうではなさそうだ、という経済学者としての直感がある。例えば、会社の所有権である株式を売買する証券市場が整備されたことは、もちろん、資本主義を発展させる推進力だったわけだけど、ほんとうに良いことだけか、といえばそうではないだろう。株式市場では、実は、企業情報が的確に反映されず、付和雷同やパニックを引き起こす不安定性を抱える問題も生じているのだ。それは、市場参加者たちが、ある意味で、「騙しあい」のようなことをするからであり、「リアルな情報」以外のノイジーな情報要素が大きくなるからだ。本の市場におけるタイトルや装丁なんかにも、そういう「騙しあい」の様相があるんじゃないかな、などと漠然と感じたりしているわけだ。ちなみに、このような株式市場における情報の効率性の問題は、グロスマンとスティグリッツによる「効率的市場の不可能性定理」として知られており、これは『容疑者ケインズ』の第2章ですごくわかりやすく解説されているので要チェックだね。(と、無理矢理、宣伝宣伝)。

 さらにいうなら、受験業界の成立後の受験戦争とか、リクルート業界成立後の就職戦争とかも、似たような問題を抱えているような気がしている。採用する側もされる側も、有効に情報をシグナリングできないような「不安定性」が出てきてはいまいか。今問題になっている派遣市場なんかも、早晩、そういう非効率性を抱える心配もある。でも、これらのことは、単なるぼくの直感であって、全然根拠はないし、実際、このことを『現代思想2008年8月号特集=ゲーム理論』(関係性の社会思想へ - hiroyukikojimaの日記参照)で松井さんと議論したときは、松井さんに批判されてしまった。